-1 辛辣な編集部の冒頭文から始まります。
執筆者が(編)で終わっているので、誰が書いたかは分かりませんが、同時期に竣工したポール・ルドルフのAAスクールとSOMのゴードン・バンシャフトが設計したベイネック図書館の比較論でこの回は始まります。
建築ジャーナリズム的な取り上げ方なので、少し煽っている部分はありますが、まず、「対照的な2つの態度」と、両者の作品を性格の異なる2つの建築作品であることを印象づける冒頭文から始まります。
「一方の意見を代弁する」と一言付け加えたうえで、ルドルフの回答に」ついて、批判を上げていきます。
① ルドルフの塔の表現は、無骨すぎる。祭りの神輿が暴れこんできたようだ!!
② 水平性と垂直性の表現:結局垂直性が計画レベルできなかったのでは。水平性と、垂直性の統合が高いレベルで行われていない。
③ 多様なスケールの採用という点においては、決して外部は成功を収めていない。地方主義というが、今回のデザイン手法については賛成できない。
ー2 バンシャフトの図書館の魅力
全員故人なので名前を出すが、岡田はルドルフ推し、林昌二、磯崎新はバンシャフト推しという、建築への評価で対立があると記事の中で私的した上で、バンシャフトの図書館の魅力を(編)が語る、というよくわからない記事構成になっている。
① 最大の魅力は、図書展示の内部空間、その光の効果に集約される。
② 非常なまでに徹底した合理主義が貫かれている。合間無いなディテールやスペースは全く認められない。アメリカ的(?)な底抜けに明るい割り切った処理がすべてを支配している。それゆえに、大理石を介して入る光の効果が幻想的な空間を演出する。
③ 研究室などの諸室は地下に収められた。地上に現れている部分は、「宝石箱」に限られている。だから、古い廻りの建物群とこの箱の間にには、広い空間が広がり、環境デザインの上から言っても、うまい解決をみせている。
④ 迷いがない、影がない、これこそアメリカらしく、明快で楽天的で徹底した合理主義がある。
⑤ ルドルフのAAスクールには、ヨーロッパへの郷愁があり、SOMに代表されるようなテクノロジーのアメリカにやや懐疑的になっているのだろうか、自信喪失の感がある。

SD1965年4月号表紙

両建物の比較写真
なかなか、辛辣なまとめである。最後に日本の現実に対して問題提起がまとめられているところが救いだ。
① バンシャフトのSOMの設計スタイルにためらわず直進している姿は、基礎的なデザインの検討段階対する抜本的な問いが欠けているように見える。
② SOMのあとに続くものが少ないのには、それなりの社会的思想的な原因が横たわっているに相違ないと思われる節がないでもない。(テクノロジーへの信頼)
③ 様式主義への傾斜への危険を批判するのはたやすいけれども、例えば京都のような「保存と開発」の問題を取り上げたときに、果たして、バランスの取れた解が見出せるのか。(京都国際会議場への批判?)
④ 岡田のルドルフへの共感は察するところ、こうした現代のデザインの避けられない課題への果敢な取り組み方にあると思われる
総合改修が行われ、保存展示箱なども空調できるように改修されたとのこと。参照したい。
ー3 なぜSOMが破綻なく、統一された建築になるのか
今回、岡田が書いている文章で、一番長いものはSOMという組織に対する分析である。
当時、日本でのSOMに対する一般的な理解は、設計プロセスがデザインとプロダクションに分かれているという単純な情報しかかなったが、岡田は1年の経験の中で、2つの根本的な気づきを記している。
① 建築家、デザイナー、ジョブキャプテンの三つ巴のチームが設計を動かしているのではない。すくなくとも、バンシャフトの仕事は、建築家バンシャフトが動かしている。
建築の設計とは、有機的統一体の創造だと考えるのだが、これは一人の建築家が設計すると、組織で設計するとを問わずに、要求される根本のことである。SOMは、建築家を組織内に据えることでそれを達成している。
② スタイルの了解:レヴァハウス以降、ステンレスとガラスの様式に成功して以来「暗黙のコミュニケーション」が自律的に回転することで、細部のデザインを濃厚にし、巧緻なディテールを生んでSOM(スタイル)の評価をあげてきた。
上記の2つが、内側からSOMをみてわかったことであるという。
しかし、暗黙のスタイルを出発点として基礎的デザインの段階ー計画の段階で十分な検討が不足するということは、デザインに関して、この組織の限界を示すものだろうとまとめている。
もっとも、SOMは世界各地に拠点をもち、様々な施設を今も設計し続けている。
それゆえ「暗黙のスタイル」はパターンを拡張し、設計技術の進歩も重なり非常に多くのバリエーションを有しているように見える。
ただ、これは日本における組織事務所もそうだと思うが、「建築家」という存在は、建築を創る以上必要な存在であることは、私自身は疑いを持たないところである。
ー4 ベイネック図書館写真集
正直なところ、ベイネック図書館は、ドラマチックな宝石箱ではあるが、大学に学びに来ている人間を軽視し過ぎている。研究者を地下に押し込む感性などは、私にはあまり理解できないし、不健康さを感じる。
そういうところを含め、当時の雑誌から、写真を抜粋して掲載しておく。

大理石をすかした柔らかい光の内観

外壁フィーレンデール構造の詳細

図書館外観

図書館外観

イサムノグチの彫刻庭園

断面図
ちなみに、岡田の奥さんである弘子さんはこの建築がスキみたい。バンシャフトの話になると、岡田が押し黙るのが今回の記事の読み込みをしてみて、初めて分かったことです。